caチャ
機能語(不変化詞)
ca.particle
- 訳
- 〜と
- 説明
- 並列の不変化詞。前の語の後ろに置きます。ca kho は連辞で「しかし」。
出てくる節(38)
- 分けて説く経 sn12.2:2.1「比丘たちよ、条件によって生じることとは何ですか?“Katamo ca, bhikkhave, paṭiccasamuppādo?
- 分けて説く経 sn12.2:4.1比丘たちよ、生まれることとは何ですか?Katamā ca, bhikkhave, jāti?
- 分けて説く経 sn12.2:5.1比丘たちよ、生存とは何ですか?Katamo ca, bhikkhave, bhavo?
- 分けて説く経 sn12.2:7.1比丘たちよ、渇愛とは何ですか?Katamā ca, bhikkhave, taṇhā?
- 分けて説く経 sn12.2:8.1比丘たちよ、感受とは何ですか?Katamā ca, bhikkhave, vedanā?
- 分けて説く経 sn12.2:9.1比丘たちよ、接触とは何ですか?Katamo ca, bhikkhave, phasso?
- 分けて説く経 sn12.2:11.4四つの基本要素と、その四つの基本要素に依って成る物質です。Cattāro ca mahābhūtā, catunnañca mahābhūtānaṁ upādāyarūpaṁ.
- 分けて説く経 sn12.2:13.1比丘たちよ、形成作用とは何ですか?Katame ca, bhikkhave, saṅkhārā?
- 分けて説く経 sn12.2:14.1比丘たちよ、無明とは何ですか?Katamā ca, bhikkhave, avijjā?
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.2もしこの物質が自己であるなら、比丘たちよ、この物質は患いにつながらないでしょう。そして物質について、次のようにできるでしょう。Rūpañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ rūpaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca rūpe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.4しかし、比丘たちよ、物質は自己ではないので、物質は患いにつながります。そして物質について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, rūpaṁ anattā, tasmā rūpaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati rūpe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.2もしこの感受が自己であるなら、比丘たちよ、この感受は患いにつながらないでしょう。そして感受について、次のようにできるでしょう。Vedanā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ vedanā ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca vedanāya:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.4しかし、比丘たちよ、感受は自己ではないので、感受は患いにつながります。そして感受について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, vedanā anattā, tasmā vedanā ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati vedanāya:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.3もしこれらの形成作用が自己であるなら、比丘たちよ、これらの形成作用は患いにつながらないでしょう。そして形成作用について、次のようにできるでしょう。Saṅkhārā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissaṁsu, nayidaṁ saṅkhārā ābādhāya saṁvatteyyuṁ, labbhetha ca saṅkhāresu:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.5しかし、比丘たちよ、形成作用は自己ではないので、形成作用は患いにつながります。そして形成作用について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, saṅkhārā anattā, tasmā saṅkhārā ābādhāya saṁvattanti, na ca labbhati saṅkhāresu:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.2もしこの識が自己であるなら、比丘たちよ、この識は患いにつながらないでしょう。そして識について、次のようにできるでしょう。Viññāṇañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ viññāṇaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca viññāṇe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.4しかし、比丘たちよ、識は自己ではないので、識は患いにつながります。そして識について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, viññāṇaṁ anattā, tasmā viññāṇaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati viññāṇe:
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:3.1では比丘たちよ、タターガタがさとられ、眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導くその中道とは、何であろうか。Katamā ca sā, bhikkhave, majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati?
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:10.1しかし比丘たちよ、これら四つの尊い真理について、このように三めぐり十二のかたちで、あるがままに知り見ることが十分に清らかになったとき、わたしは、神々やマーラやブラフマーをふくむ世の中でも、修行者やバラモン・神々・人間をふくむ人々のなかでも、『この上ない正しい目覚めをさとった』と言い明かしました。Yato ca kho me, bhikkhave, imesu catūsu ariyasaccesu evaṁ tiparivaṭṭaṁ dvādasākāraṁ yathābhūtaṁ ñāṇadassanaṁ suvisuddhaṁ ahosi, athāhaṁ, bhikkhave, sadevake loke samārake sabrahmake sassamaṇabrāhmaṇiyā pajāya sadevamanussāya ‘anuttaraṁ sammāsambodhiṁ abhisambuddho’ti paccaññāsiṁ.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:12.1そして世尊によって教えの輪が転じられると、地に住む神々が声をあげました。Pavattite ca pana bhagavatā dhammacakke bhummā devā saddamanussāvesuṁ:
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:13.2そしてこの一万の世の領域は揺れ、震え、わななきました。はかりしれない大きな光が、神々の威光をこえて、世の中に現れました。Ayañca dasasahassilokadhātu saṅkampi sampakampi sampavedhi, appamāṇo ca uḷāro obhāso loke pāturahosi atikkamma devānaṁ devānubhāvanti.
- 幸いの経 kp5:2.1「多くの神々と人々が、“Bahū devā manussā ca,
- 幸いの経 kp5:3.1「愚かな人々と親しまないこと、“Asevanā ca bālānaṁ,
- 幸いの経 kp5:3.3敬うべき人々を敬うこと。Pūjā ca pūjaneyyānaṁ,
- 幸いの経 kp5:4.1ふさわしい土地に住むこと、Patirūpadesavāso ca,
- 幸いの経 kp5:4.2以前に善い行いをしてきたこと、pubbe ca katapuññatā;
- 幸いの経 kp5:4.3自分を正しく据えること。Attasammāpaṇidhi ca,
- 幸いの経 kp5:5.2身の律し方をよく学んでいること、vinayo ca susikkhito;
- 幸いの経 kp5:5.3よく語られた言葉。Subhāsitā ca yā vācā,
- 幸いの経 kp5:6.3仕事に乱れがないこと。Anākulā ca kammantā,
- 幸いの経 kp5:7.1分かち与えることと、正しく生きること、Dānañca dhammacariyā ca,
- 幸いの経 kp5:8.2酔わせる飲み物を控えること、majjapānā ca saṁyamo;
- 幸いの経 kp5:8.3よい性質について気を抜かないこと。Appamādo ca dhammesu,
- 幸いの経 kp5:9.1敬うことと、思い上がらないこと、Gāravo ca nivāto ca,
- 幸いの経 kp5:9.2足ることを知り、受けた恩を知ること、santuṭṭhi ca kataññutā;
- 幸いの経 kp5:10.1耐え忍び、人の言葉を素直に受け入れること、Khantī ca sovacassatā,
- 幸いの経 kp5:11.1自らを鍛えることと、清らかな生き方、Tapo ca brahmacariyañca,
- 幸いの経 kp5:11.3涅槃を自ら確かめること。Nibbānasacchikiriyā ca,