kāyaカーヤ
kāya.body
- 訳
- 身体
- 伝統訳
- 身
- 説明
- 生きた身体、身体部位、姿勢・行為・崩壊の主体〔暫定〕
出てくる節(6)
- 分けて説く経 sn12.2:8.3眼との接触から生じる感受、耳との接触から生じる感受、鼻との接触から生じる感受です。舌との接触から生じる感受、身体との接触から生じる感受、意の触から生じる感受です。cakkhusamphassajā vedanā, sotasamphassajā vedanā, ghānasamphassajā vedanā, jivhāsamphassajā vedanā, kāyasamphassajā vedanā, manosamphassajā vedanā.
- 分けて説く経 sn12.2:9.3眼との接触、耳との接触、鼻との接触です。舌との接触、身体との接触、意の触です。cakkhusamphasso, sotasamphasso, ghānasamphasso, jivhāsamphasso, kāyasamphasso, manosamphasso.
- 分けて説く経 sn12.2:10.2眼の入り口、耳の入り口、鼻の入り口です。舌の入り口、身体の入り口、意の入り口です—Cakkhāyatanaṁ, sotāyatanaṁ, ghānāyatanaṁ, jivhāyatanaṁ, kāyāyatanaṁ, manāyatanaṁ—
- 分けて説く経 sn12.2:12.3眼の識、耳の識、鼻の識です。舌の識、身体の識、意識です。cakkhuviññāṇaṁ, sotaviññāṇaṁ, ghānaviññāṇaṁ, jivhāviññāṇaṁ, kāyaviññāṇaṁ, manoviññāṇaṁ.
- カンカーレーワタの経 ud5.7:1.3さて、そのとき、尊者カンカーレーワタは世尊の近くに座っていました。足を組み、身体をまっすぐに立て、疑いを乗り越えた自らの清らかさを振り返っていました。Tena kho pana samayena āyasmā kaṅkhārevato bhagavato avidūre nisinno hoti pallaṅkaṁ ābhujitvā ujuṁ kāyaṁ paṇidhāya attano kaṅkhāvitaraṇavisuddhiṁ paccavekkhamāno.
- カンカーレーワタの経 ud5.7:2.1世尊は、近くに座っている尊者カンカーレーワタをご覧になりました。彼は足を組み、身体をまっすぐに立て、疑いを乗り越えた自らの清らかさを振り返っていました。Addasā kho bhagavā āyasmantaṁ kaṅkhārevataṁ avidūre nisinnaṁ pallaṅkaṁ ābhujitvā ujuṁ kāyaṁ paṇidhāya attano kaṅkhāvitaraṇavisuddhiṁ paccavekkhamānaṁ.
kāya.collection
- 訳
- 群
- 伝統訳
- 身
- 説明
- 同類の項目をまとめた集合・系列〔暫定〕
出てくる節(4)
- 分けて説く経 sn12.2:7.2比丘たちよ、渇愛にはこの六つの群があります—Chayime, bhikkhave, taṇhākāyā—
- 分けて説く経 sn12.2:8.2比丘たちよ、感受にはこの六つの群があります—Chayime, bhikkhave, vedanākāyā—
- 分けて説く経 sn12.2:9.2比丘たちよ、接触にはこの六つの群があります—Chayime, bhikkhave, phassakāyā—
- 分けて説く経 sn12.2:12.2比丘たちよ、識にはこの六つの群があります—Chayime, bhikkhave, viññāṇakāyā—
kāya.class_of_beings
- 訳
- 群
- 伝統訳
- 衆・身
- 説明
- 共通の生存条件をもつ存在者の一群〔暫定〕
出てくる節(1)
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:12.10ブラフマーの群に属する神々が声をあげました。brahmakāyikā devā saddamanussāvesuṁ:
kāya.embodiment
- 訳
- 未確定〔仮〕。各節には、その箇所での暫定の訳を〔仮〕を付けて出しています。
- 説明
- 教え・原理・徳性などがまとまりとして具現したもの〔暫定〕
載せている経典にはまだ出てきません。
kāya.person_as_experiencer
- 訳
- 身をもって
- 伝統訳
- 身
- 説明
- 直接経験する主体としての自己〔暫定〕
載せている経典にはまだ出てきません。