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dukkhaドゥッカ

dukkha.uncomfortable

訳
苦しみ
伝統訳
苦
説明
満足を与えず、苦しみをもたらすものであること〔暫定〕

出てくる節(7)

  1. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.4「移ろうものは苦しみですか、あるいは快さですか」と。“Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vā taṁ sukhaṁ vā”ti?
  2. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.5「苦しみです、尊い方」“Dukkhaṁ, bhante”.
  3. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.6「移ろい、苦しみであり、変わる性質のあるものを、次のように見なすのは適切でしょうか。“Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vipariṇāmadhammaṁ, kallaṁ nu taṁ samanupassituṁ:
  4. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.14「移ろうものは苦しみですか、あるいは快さですか」と。“Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vā taṁ sukhaṁ vā”ti?
  5. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.15「苦しみです、尊い方」“Dukkhaṁ, bhante”.
  6. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:6.16「移ろい、苦しみであり、変わる性質のあるものを、次のように見なすのは適切でしょうか。“Yaṁ panāniccaṁ dukkhaṁ vipariṇāmadhammaṁ, kallaṁ nu taṁ samanupassituṁ:
  7. 教えの輪を転じた経 sn56.11:2.3一つは、感覚的な快楽にふけることです。これは低く、卑しく、ふつうの人のすることで、尊くなく、ためになりません。もう一つは、自分を苦しめることに励むことです。これは苦しく、尊くなく、ためになりません。Yo cāyaṁ kāmesu kāmasukhallikānuyogo hīno gammo pothujjaniko anariyo anatthasaṁhito, yo cāyaṁ attakilamathānuyogo dukkho anariyo anatthasaṁhito.

dukkha.painful

訳
苦しい
伝統訳
苦(苦受)
説明
いやな感じをともなうこと。三受のひとつ〔暫定〕

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dukkha.suffering

訳
苦しみ
伝統訳
苦
説明
生の全体につきまとう、思いどおりにならないつらさ〔暫定〕

出てくる節(3)

  1. 分けて説く経 sn12.2:2.13このように、この苦しみの集まりすべてが起こります。Evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hoti.
  2. 分けて説く経 sn12.2:15.3このように、この苦しみの集まりすべてが起こります。evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hoti.
  3. 分けて説く経 sn12.2:15.6このように、この苦しみの集まりすべてが消滅します」と。evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa nirodho hotī”ti.

dukkha.pain

訳
苦しみ
伝統訳
苦痛
説明
体に感じる苦しみ〔暫定〕

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dukkha.noble_truth

訳
苦しみ
伝統訳
苦諦
説明
第一の尊い真理としての苦しみ〔暫定〕

出てくる節(18)

  1. 分けて説く経 sn12.2:14.2比丘たちよ、苦しみについて知がないこと、苦しみの起こりについて知がないことです。苦しみの消滅について知がないことです。苦しみの消滅へ導く実践の道について知がないことです。Yaṁ kho, bhikkhave, dukkhe aññāṇaṁ, dukkhasamudaye aññāṇaṁ, dukkhanirodhe aññāṇaṁ, dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya aññāṇaṁ.
  2. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.1さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみです——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhaṁ ariyasaccaṁ—
  3. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.2生まれることも苦しみ、老いることも苦しみ、病むことも苦しみ、死ぬことも苦しみです。好まないものと結びつくことは苦しみ、好むものと離れることは苦しみ、求めても得られないことも苦しみです。まとめれば、執着の対象となる五つの集まりが苦しみです。jātipi dukkhā, jarāpi dukkhā, byādhipi dukkho, maraṇampi dukkhaṁ, appiyehi sampayogo dukkho, piyehi vippayogo dukkho, yampicchaṁ na labhati tampi dukkhaṁ—saṅkhittena pañcupādānakkhandhā dukkhā.
  4. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.3さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの起こりです——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ—
  5. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.6さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの消滅です——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ—
  6. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.8さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道です——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ—
  7. 教えの輪を転じた経 sn56.11:5.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみである』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhaṁ ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  8. 教えの輪を転じた経 sn56.11:5.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみは、あまねく知られるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhaṁ ariyasaccaṁ pariññeyyan’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  9. 教えの輪を転じた経 sn56.11:5.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみは、あまねく知られた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhaṁ ariyasaccaṁ pariññātan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  10. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの起こりである』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  11. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの起こりは、捨てられるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ pahātabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  12. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの起こりは、捨てられた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ pahīnan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  13. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの消滅である』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  14. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅は、自ら確かめるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ sacchikātabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  15. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅は、自ら確かめられた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ sacchikatan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  16. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道である』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  17. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvetabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  18. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvitan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.