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samudayaサムダヤ

samudaya.arising

訳
起こり
説明
或るものが生じ現れるという出来事(消滅・衰滅と対)。iti rūpassa samudayo … atthaṅgamo、samudayadhamma/samudayavayadhamma、苦の集まり全体の生起、業の生起、六触処の生起と消滅。〔暫定〕

出てくる節(3)

  1. 分けて説く経 sn12.2:2.13このように、この苦しみの集まりすべてが起こります。Evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hoti.
  2. 分けて説く経 sn12.2:15.3このように、この苦しみの集まりすべてが起こります。evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hoti.
  3. 教えの輪を転じた経 sn56.11:11.2その眼が見抜いたのは、「およそ生じる性質のものは、すべて消滅する性質のものである」ということでした。“yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti.

samudaya.origin

訳
起こり
説明
或るものをそこから生じさせる源・因(それ自体は別の法)。苦の起こりという聖諦は渇愛そのものと同定される(の直後 sn56.11:4.4=; mn141:21.2=)。『諸法は何を源とするか——触を源とする』、『識は行を源とする』。〔暫定〕

出てくる節(5)

  1. 分けて説く経 sn12.2:14.2比丘たちよ、苦しみについて知がないこと、苦しみの起こりについて知がないことです。苦しみの消滅について知がないことです。苦しみの消滅へ導く実践の道について知がないことです。Yaṁ kho, bhikkhave, dukkhe aññāṇaṁ, dukkhasamudaye aññāṇaṁ, dukkhanirodhe aññāṇaṁ, dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya aññāṇaṁ.
  2. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.3さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの起こりです——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ—
  3. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの起こりである』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  4. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの起こりは、捨てられるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ pahātabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  5. 教えの輪を転じた経 sn56.11:6.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの起こりは、捨てられた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ pahīnan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.