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samaṇaサマナ

samaṇa.ascetic

訳
修行者
伝統訳
沙門
説明
家を出て道を求める人。〔伝統訳: 沙門(しゃもん)〕

出てくる節(6)

  1. 教えの輪を転じた経 sn56.11:9.1比丘たちよ、これら四つの尊い真理について、このように三めぐり十二のかたちで、あるがままに知り見ることが十分に清らかでなかったあいだは、わたしは、神々やマーラやブラフマーをふくむ世の中でも、修行者やバラモン・神々・人間をふくむ人々のなかでも、『この上ない正しい目覚めをさとった』と言い明かすことはありませんでした。Yāvakīvañca me, bhikkhave, imesu catūsu ariyasaccesu evaṁ tiparivaṭṭaṁ dvādasākāraṁ yathābhūtaṁ ñāṇadassanaṁ na suvisuddhaṁ ahosi, neva tāvāhaṁ, bhikkhave, sadevake loke samārake sabrahmake sassamaṇabrāhmaṇiyā pajāya sadevamanussāya ‘anuttaraṁ sammāsambodhiṁ abhisambuddho’ti paccaññāsiṁ.
  2. 教えの輪を転じた経 sn56.11:10.1しかし比丘たちよ、これら四つの尊い真理について、このように三めぐり十二のかたちで、あるがままに知り見ることが十分に清らかになったとき、わたしは、神々やマーラやブラフマーをふくむ世の中でも、修行者やバラモン・神々・人間をふくむ人々のなかでも、『この上ない正しい目覚めをさとった』と言い明かしました。Yato ca kho me, bhikkhave, imesu catūsu ariyasaccesu evaṁ tiparivaṭṭaṁ dvādasākāraṁ yathābhūtaṁ ñāṇadassanaṁ suvisuddhaṁ ahosi, athāhaṁ, bhikkhave, sadevake loke samārake sabrahmake sassamaṇabrāhmaṇiyā pajāya sadevamanussāya ‘anuttaraṁ sammāsambodhiṁ abhisambuddho’ti paccaññāsiṁ.
  3. 教えの輪を転じた経 sn56.11:12.2「世尊はバーラーナシーのイシパタナにある鹿の園で、この上ない教えの輪を転じられました。これは、修行者にも、バラモンにも、神にも、マーラにも、ブラフマーにも、世の中のだれにも覆すことができません」と。“etaṁ bhagavatā bārāṇasiyaṁ isipatane migadāye anuttaraṁ dhammacakkaṁ pavattitaṁ appaṭivattiyaṁ samaṇena vā brāhmaṇena vā devena vā mārena vā brahmunā vā kenaci vā lokasmin”ti.
  4. 教えの輪を転じた経 sn56.11:12.4「世尊はバーラーナシーのイシパタナにある鹿の園で、この上ない教えの輪を転じられました。これは、修行者にも、バラモンにも、神にも、マーラにも、ブラフマーにも、世の中のだれにも覆すことができません」と。“etaṁ bhagavatā bārāṇasiyaṁ isipatane migadāye anuttaraṁ dhammacakkaṁ pavattitaṁ, appaṭivattiyaṁ samaṇena vā brāhmaṇena vā devena vā mārena vā brahmunā vā kenaci vā lokasmin”ti.
  5. 教えの輪を転じた経 sn56.11:12.11「世尊はバーラーナシーのイシパタナにある鹿の園で、この上ない教えの輪を転じられました。これは、修行者にも、バラモンにも、神にも、マーラにも、ブラフマーにも、世の中のだれにも覆すことができません」と。“etaṁ bhagavatā bārāṇasiyaṁ isipatane migadāye anuttaraṁ dhammacakkaṁ pavattitaṁ appaṭivattiyaṁ samaṇena vā brāhmaṇena vā devena vā mārena vā brahmunā vā kenaci vā lokasmin”ti.
  6. 幸いの経 kp5:10.2修行者たちに会うこと、samaṇānañca dassanaṁ;