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saṁvattatiサンワッタティ

saṁvattati.conduce

訳
導く
説明
ある行いや実践、心の状態、道などが、ある結果につながり、そちらへ向かわせること。善い結果にも悪い結果にも言い、導く者の意図や、その結果に必ず行き着くことは含まない。〔暫定〕

出てくる節(11)

  1. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.2もしこの物質が自己であるなら、比丘たちよ、この物質は患いにつながらないでしょう。そして物質について、次のようにできるでしょう。Rūpañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ rūpaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca rūpe:
  2. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.4しかし、比丘たちよ、物質は自己ではないので、物質は患いにつながります。そして物質について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, rūpaṁ anattā, tasmā rūpaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati rūpe:
  3. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.2もしこの感受が自己であるなら、比丘たちよ、この感受は患いにつながらないでしょう。そして感受について、次のようにできるでしょう。Vedanā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ vedanā ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca vedanāya:
  4. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.4しかし、比丘たちよ、感受は自己ではないので、感受は患いにつながります。そして感受について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, vedanā anattā, tasmā vedanā ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati vedanāya:
  5. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.3もしこれらの形成作用が自己であるなら、比丘たちよ、これらの形成作用は患いにつながらないでしょう。そして形成作用について、次のようにできるでしょう。Saṅkhārā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissaṁsu, nayidaṁ saṅkhārā ābādhāya saṁvatteyyuṁ, labbhetha ca saṅkhāresu:
  6. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.5しかし、比丘たちよ、形成作用は自己ではないので、形成作用は患いにつながります。そして形成作用について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, saṅkhārā anattā, tasmā saṅkhārā ābādhāya saṁvattanti, na ca labbhati saṅkhāresu:
  7. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.2もしこの識が自己であるなら、比丘たちよ、この識は患いにつながらないでしょう。そして識について、次のようにできるでしょう。Viññāṇañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ viññāṇaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca viññāṇe:
  8. 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.4しかし、比丘たちよ、識は自己ではないので、識は患いにつながります。そして識について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, viññāṇaṁ anattā, tasmā viññāṇaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati viññāṇe:
  9. 教えの輪を転じた経 sn56.11:2.4比丘たちよ、タターガタは、これら二つの極端に近づくことなく、中道をさとられました。それは眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導きます。Ete kho, bhikkhave, ubho ante anupagamma majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati.
  10. 教えの輪を転じた経 sn56.11:3.1では比丘たちよ、タターガタがさとられ、眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導くその中道とは、何であろうか。Katamā ca sā, bhikkhave, majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati?
  11. 教えの輪を転じた経 sn56.11:3.4比丘たちよ、これが、タターガタがさとられ、眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導く中道です。Ayaṁ kho sā, bhikkhave, majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati.

saṁvattati.occur

訳
湧く
説明
よくない心の状態などが、ある場でわき出て、はたらいていること。何かの結果へ向かわせる意味はない。〔暫定〕

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