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paṭipadāパティパダー
paṭipadā.way_of_practice
- 訳
- 実践の道
- 説明
- 目的地へ向かって現に踏み行われる行い方・進み方。四諦の第四項として苦の消滅へ至る行い方を指し、また両極端を避ける中の行い方(majjhimā paṭipadā)、あらゆる行き先へ至る行い方、進み方の難易と速さで分類される四つの型(sukhā paṭipadā khippābhiññā)としても現れる。いずれも「そこへ至るまでの歩き方」であって、歩かれる道筋そのものの名(magga)ではない。〔暫定〕
出てくる節(8)
- 分けて説く経 sn12.2:14.2比丘たちよ、苦しみについて知がないこと、苦しみの起こりについて知がないことです。苦しみの消滅について知がないことです。苦しみの消滅へ導く実践の道について知がないことです。Yaṁ kho, bhikkhave, dukkhe aññāṇaṁ, dukkhasamudaye aññāṇaṁ, dukkhanirodhe aññāṇaṁ, dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya aññāṇaṁ.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:2.4比丘たちよ、タターガタは、これら二つの極端に近づくことなく、中道をさとられました。それは眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導きます。Ete kho, bhikkhave, ubho ante anupagamma majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:3.1では比丘たちよ、タターガタがさとられ、眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導くその中道とは、何であろうか。Katamā ca sā, bhikkhave, majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati?
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:3.4比丘たちよ、これが、タターガタがさとられ、眼を開かせ、知を生じさせ、静まりへ、深く知ることへ、目覚めへ、涅槃へと導く中道です。Ayaṁ kho sā, bhikkhave, majjhimā paṭipadā tathāgatena abhisambuddhā cakkhukaraṇī ñāṇakaraṇī upasamāya abhiññāya sambodhāya nibbānāya saṁvattati.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.8さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道です——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ—
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道である』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvetabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
- 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvitan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.