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nirodhaニローダ

nirodha.cessation

訳
消滅
説明
生じていたものが止み、なくなること、およびそのなくなった状態。縁起の逆観で前項が止むことにより後項が止む関係の項としても、四諦の第三項として渇愛が残りなく薄れ消えることとしても、想と受が止んだ境位(saññāvedayitanirodha)としても、指しているのは同じ「止み絶えていること」である。〔暫定〕

出てくる節(13)

  1. 分けて説く経 sn12.2:14.2比丘たちよ、苦しみについて知がないこと、苦しみの起こりについて知がないことです。苦しみの消滅について知がないことです。苦しみの消滅へ導く実践の道について知がないことです。Yaṁ kho, bhikkhave, dukkhe aññāṇaṁ, dukkhasamudaye aññāṇaṁ, dukkhanirodhe aññāṇaṁ, dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya aññāṇaṁ.
  2. 分けて説く経 sn12.2:15.4一方、無明が残りなく薄れ、消滅することによって、形成作用が消滅します;Avijjāya tveva asesavirāganirodhā saṅkhāranirodho;
  3. 分けて説く経 sn12.2:15.6このように、この苦しみの集まりすべてが消滅します」と。evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa nirodho hotī”ti.
  4. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.6さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの消滅です——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ—
  5. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.7それは、まさにその渇愛が残りなく薄れ、消滅すること、それを捨てること、手放すこと、そこから解き放たれること、そこにこだわらないことです。yo tassāyeva taṇhāya asesavirāganirodho cāgo paṭinissaggo mutti anālayo.
  6. 教えの輪を転じた経 sn56.11:4.8さて比丘たちよ、これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道です——Idaṁ kho pana, bhikkhave, dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ—
  7. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの消滅である』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  8. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅は、自ら確かめるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ sacchikātabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  9. 教えの輪を転じた経 sn56.11:7.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅は、自ら確かめられた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ sacchikatan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  10. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.1比丘たちよ、『これが尊い真理である苦しみの消滅にいたる実践の道である』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Idaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  11. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.2比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められるべきである』と、かつて……〔省略〕……生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvetabban’ti me, bhikkhave, pubbe …pe… udapādi.
  12. 教えの輪を転じた経 sn56.11:8.3比丘たちよ、『尊い真理であるこの苦しみの消滅にいたる実践の道は、修められた』と、かつて聞いたことのない事がらについて、わたしに眼が生じ、知が生じ、知恵が生じ、明が生じ、光が生じました。‘Taṁ kho panidaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ bhāvitan’ti me, bhikkhave, pubbe ananussutesu dhammesu cakkhuṁ udapādi, ñāṇaṁ udapādi, paññā udapādi, vijjā udapādi, āloko udapādi.
  13. 教えの輪を転じた経 sn56.11:11.2その眼が見抜いたのは、「およそ生じる性質のものは、すべて消滅する性質のものである」ということでした。“yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti.