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brahmacariyaブラフマチャリヤ
brahmacariya.holy_life
- 訳
- 清らかな生き方
- 説明
- 完成をめざして送る修行生活のまとまり全体。『世尊のもとでこれが送られる(bhagavati brahmacariyaṁ vussati)』という定型で、何のためにそれを送るのかが問われ、その終点(-pariyosāna)が語られる。行いを一つ取り出したものではなく、家を出てから完成に至るまでの暮らし方そのもの。『これはなし終えた(vusitaṁ)』は、その暮らしを最後まで送りきったことを言い、それを送る機会が無い時(akkhaṇa)、それに刺さる棘(kaṇṭaka)、それを求めること(-esanā)も、この暮らし全体について言われる。〔暫定〕
出てくる節(1)
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:11.3『生まれることは尽きた。清らかな生き方はなし終えた。なすべきことはなし終えた。もうこのように生まれることはない』と知るのです」と。‘Khīṇā jāti, vusitaṁ brahmacariyaṁ, kataṁ karaṇīyaṁ, nāparaṁ itthattāyā’ti pajānātī”ti.
brahmacariya.celibacy
- 訳
- 清らかな生き方
- 説明
- 性的な交わりを断って過ごすこと、その一つの行い。sīla(戒)・vata(誓い)・tapa(自らを鍛えること)と並ぶ実践の一項として数えられ、それを行う者(brahmacārī)と行わない者(abrahmacārī)が対にされる。ここで指されているのは暮らし方の全体ではなく、断つというその一項である。〔暫定〕
出てくる節(1)
- 幸いの経 kp5:11.1自らを鍛えることと、清らかな生き方、Tapo ca brahmacariyañca,