ābādhaアーバーダ
ābādha.illness
- 訳
- 患い
- 説明
- 身体に起こって人を苦しめる病気。ābādhika(病んだ者)、appābādha(病が少ないこと=健やかであること)のように、人や身体を場として、その人が現に患っている状態を指す。身に種々のそれが起こると言って具体的な病を数え上げる文脈、また相手の健康を尋ねる定型に出るのがこれ。〔暫定〕
載せている経典にはまだ出てきません。
ābādha.affliction
- 訳
- 患い
- 説明
- 持ち主の意のままにならず、その人を損ない悩ませるという、事がらの側の性格。物質や感受などが『これに向かう(ābādhāya saṁvattati)』と言われるとき、指されているのは特定の病名ではなく、それが自分のものにならないために害となって現れること自体である。集まりを病・腫れ物・矢・災いなどと並べて観る列挙の一項も、この意味での患い。〔暫定〕
出てくる節(8)
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.2もしこの物質が自己であるなら、比丘たちよ、この物質は患いにつながらないでしょう。そして物質について、次のようにできるでしょう。Rūpañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ rūpaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca rūpe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:2.4しかし、比丘たちよ、物質は自己ではないので、物質は患いにつながります。そして物質について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, rūpaṁ anattā, tasmā rūpaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati rūpe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.2もしこの感受が自己であるなら、比丘たちよ、この感受は患いにつながらないでしょう。そして感受について、次のようにできるでしょう。Vedanā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ vedanā ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca vedanāya:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:3.4しかし、比丘たちよ、感受は自己ではないので、感受は患いにつながります。そして感受について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, vedanā anattā, tasmā vedanā ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati vedanāya:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.3もしこれらの形成作用が自己であるなら、比丘たちよ、これらの形成作用は患いにつながらないでしょう。そして形成作用について、次のようにできるでしょう。Saṅkhārā ca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissaṁsu, nayidaṁ saṅkhārā ābādhāya saṁvatteyyuṁ, labbhetha ca saṅkhāresu:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:4.5しかし、比丘たちよ、形成作用は自己ではないので、形成作用は患いにつながります。そして形成作用について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, saṅkhārā anattā, tasmā saṅkhārā ābādhāya saṁvattanti, na ca labbhati saṅkhāresu:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.2もしこの識が自己であるなら、比丘たちよ、この識は患いにつながらないでしょう。そして識について、次のようにできるでしょう。Viññāṇañca hidaṁ, bhikkhave, attā abhavissa, nayidaṁ viññāṇaṁ ābādhāya saṁvatteyya, labbhetha ca viññāṇe:
- 自己ではないという特徴の経 sn22.59:5.4しかし、比丘たちよ、識は自己ではないので、識は患いにつながります。そして識について、次のようにはできません。Yasmā ca kho, bhikkhave, viññāṇaṁ anattā, tasmā viññāṇaṁ ābādhāya saṁvattati, na ca labbhati viññāṇe: